村上春樹の「象の消滅」を読む


琉球新報共同通信編集委員小山鉄郎の署名入りで、「風の歌 村上春樹の物語世界」という記事が連載されている。
連載10回目の6月25日の記事で「象の消滅」について触れられていた。
象の消滅」は村上春樹の短編小説の中で、ぼくがもっとも好きなものの一つである。
琉球新報の記事を読んで、無性にこの小説を読みたくなって、会社の近くのブックボックスに走り、「象の消滅」が収録されている文春文庫『パン屋再襲撃』を買ってきた。
やはりおもしろかった。
いまこのブログで「否定知識人たち」という可愛げのない文章を連載しているのだが、毒消しというか口直しに、1回こんな文章を挿入します。


象の消滅」とはこんな小説である。
ある日、町で飼育している象が老飼育係と一緒にこつぜんと姿を消した。「象の足につながれていた鉄の枷は、まるで象がすっぽりと足を抜きとったみたいにかぎのかかったままそこに残されていた」。
新聞は「象が脱走した」という表現をとっているが、状況全体を見れば象が「消滅」していることは一目瞭然である、と語り手は言う。鉄輪は鍵をかけられたままそこに残されており、象舎は三メートルほどもある頑丈な垣に囲まれている。象舎の背後は急勾配の丘になっていて象が上れるわけがないし、正面の道はやわらかい砂地の道には足跡らしいものは残されていない。ようするに密室完全犯罪のようなシチュエーションである。
状況は頭を混乱させるばかりの不条理きわまりないものであるにもかかわらず、新聞記者は「まともな」記事を書こうとするあまり「ありきたりの用語で片づけ」ているのである。
新聞記者だけではない。
「しかしもちろん、言うまでもないことだが、新聞も警察も町長も象が消滅したという事実を少なくとも表面上は絶対に認めようとはしなかった。警察は『象は巧妙な方法で計画的に強奪されたか、脱出させられた可能性があるとして捜査を進め』」ると言明する。
語り手と世間との齟齬、食い違いがこの小説の隠れたテーマの一つだとぼくは思う。


懸命の捜索にもかかわらず、象と老飼育係の行方は杳として分からない。警察は町民にあらゆる形の情報提供を求める。小説の語り手はある事実を知っているが、警察に電話をかけることをしない。「あまり警察と関わりたくないということもあったし、それに僕が提供する情報を警察が信用してくれるとも思えなかったから」である。
連日の捜索活動がつづけられたが、象はみつからず、手がかりもつかめないまま、時の経過とともに、やがて象のことはメディアからも住民からも忘れられていく。
実は小説の語り手は象の消滅を目撃しているのである。
正確にいうと、消滅の前段階のような、このようにして消滅したのだろうなと思わせる光景を目撃しているのである。(それがどのようなものであるかはネタバレになるのでここには書けない)
小説の語り手は、散歩をしていて、偶然のことから象舎の裏山に出て、象舎の内部がのぞきこめるポイントを発見する。そして、象と飼育係の「プライヴェート」な様子を観察することを習慣とするようになったある日、その光景を目にする。(あとはこの小説を読んでください)
語り手が、目撃したことを、警察に情報提供しなかったのは、賢明(というよりも村上春樹の小説の登場人物なら普通の)な選択というべきかも知れない。情報を提供しても取り合ってもらえないばかりか、へたをすると(むしろ、かなりの確率で)「頭がおかしいのではないか」と疑われるのがおちだからだ。語り手が目撃したのは人の想像を超えたおどろくべき光景である。


さて、この小説について小山鉄郎はこのようなエピソードを伝えている。
「村上さんは滞米中に米国学生から、同作品は”場所が日本でなくても成立する話である”と言われたことがある。それに対して村上さんが反論。議論しているうちに、学生たちもこの小説には米国ではあり得ない点があることを認めたという」
「米国ではありえない日本的な部分とはこんなところだ。象が町に来た時に小学生が『象さん、元気に長生きして下さい』というような作文を読み上げる。人が象に語りかけている。人と動物との会話が可能。どこかで日本人はそう考えている。」
「『象の消滅』の老飼育係が象に『何事かを囁きかけるだけで』象は『人語を理解する』かのように行動した。その両者の消滅は近代以前の日本人にあった言葉の力の消滅を表しているのだろう」
小山鉄郎の指摘はとても説得的で、ぼくは全面的に賛成だ。
だだ「日本的」ということであえてひとつ付け加えたいのは、裏山から「象の消滅」を目撃する語り手は、戯曲「夕鶴」や羽衣伝説に登場する男のようにも見えるというとことだ。男は、羽衣伝説では異世界の女が水浴びをしている姿を目撃し、「夕鶴」では同じく異世界の女が人に知られないように機を織っている姿を目撃する。


村上春樹は見てはならないものを見てしまった作家である。