喫煙室あります


南風原町の、かなり知られた沖縄料理の店に入った。地元の人にも観光客にも人気の店だ。(心当たりのある方はたずねてみてください。以下に述べるような光景を目撃するはずです)
昼食時間に近いせいか店は混み合っていた。
タイミングよく椅子席が一つ空いたので、その席を確保した。
イナムルチ定食を注文する。
そうこうしている間も次々と客が入ってきて、入り口付近はますます混み合う。
店員は、「何人さまですか」と大声で聞き、「喫煙室は空いています」と呼びかける。客席にはこの二つの言葉がひっきりなしに聞こえてくる。
およそ10畳ほどの畳の間が入り口の脇にあり、そこが喫煙室。椅子席の奥には喫煙室の何倍もある大広間があり、そこは禁煙室で、満席。
「珍しいわよね、いまどき喫煙室があるって」と、相席の、本土から来たとおぼしいカップルの女性が、相方に同意を求めた。
なるほど、珍しいことかも知れない。
が、ぼくは別のことを懸念していた。
おいおい、こんなにあからさまに喫煙室の存在を連呼して大丈夫か?。壁に耳あり障子に目ありだぜ。


大丈夫って、誰にたいして? 何にたいして?
んーん、それは分からない。
ぼくの懸念が妄想じみたものであることは自覚している。
少々過敏になっているってことも。
しかしはたしてそう言い切ってよいか。


というのも、つい最近ネットで見たニュースが頭の片隅にあるからだ。
神奈川県で、公共的施設での受動喫煙防止条例が施行されることになって、ホテルや旅館、カラオケボックスなどのほか、飲食店にも条例の網が被せられることになったという。
いちおう、分煙か喫煙禁止かを選択できることになっているが、分煙を選択しても喫煙禁止の空間に煙草の煙が流れ出さないようにするという義務が課されている。おまけに設置者にたいする罰則規定まであるのだ。
分煙か禁煙かを選択できるとなっているが、怪しいものである。
日本全国そうだと思うが、沖縄でも公共施設では、分煙であったものがいつの間にか館内禁煙となり、さらには敷地内禁煙という具合に、どんどんエスカレートしている。
ようするに喫煙者を地球の外まで追いつめようとしているのだ。
ぼくにはこの連中(って誰のこと?)の情熱の出所がまるでわからない。


ほかにもこういう事例がある。
福音館書店の児童向け月刊誌「たくさんのふしぎ」の2010年2月号として発売した絵物語「おじいちゃんのカラクリ江戸ものがたり」が販売中止となった。
購読している小児科の医師らから、子どもの前での喫煙シーンが多く、「喫煙を推奨したり、子どもの受動喫煙を肯定したりしているのではないか」などという指摘を受け、発行元がそう決定したという。


かりに沖縄でも神奈川県のような、公共的施設での受動喫煙防止条例が施行されるようなことになったらどうなるか。(そうなりそうな予感)
南風原町の沖縄料理店の喫煙室のような世界遺産級の空間は、たちどころに消滅するとおもう。
法令に抵触するとかしないというだけでなく、客からのクレームやチクりが発生するにちがいない。なにしろこの人たちは、「よいこと」「正しいこと」をしていると、信じて疑わないのだから。


そんな埒もないことを考えていると、背後で、「何人さまですか」という声がした。
「三人」という女の声。
喫煙室なら空いています」という、店の人の声。
「シムエーサニ(かまわないわよね)」と、仲間に同意を求める女の声。
気になって振り返ると、60代くらいの女性の三人連れであった。
三人は喫煙室に空席を見つけると、さっさと履き物を脱いであがっていった。
うれしくなりましたね。
煙草の煙やにおい、世間を席捲している健康被害言説など意に介さない女性が、まだ生き残っていたとは。
ただたんに、早く食事をすませたかっただけなのかも知れないが、ぼくは快哉をさけびたくなった。
入り口付近では、サラリーマン風やら観光客風やらが順番待ちをしていたが、ぼくには彼ら彼女たちがマヌケに見えたのだった。


4月1日に禁煙6年目に突入していた人間の真面目な憎まれ口でした。