喫煙者事前登録制?


うちの近くのスーパーに寄ったら、レジ・カウンターに、長3サイズの封筒が多量に置かれていた。
封筒に印刷されている「たばこ自動販売機では『taspo(タスポ)』が必要になります」の文字が目にとまったので、イヤーな予感がして、一つ抜き取って持ち帰った。
taspo(タスポ)という名称までは知らなかったが、身分証明書のようなものがないと、これまでのように自動販売機で自由にたばこを買うことはできないという話を、聞くか読むかしたかすかな記憶があったので、とっさに「これが例のやつか」と判断したのである。
やはりそうであった。
先の先のことだとばかり思っていたのが、すでに具体化していたというわけだ。
家に帰って封筒をあけたところ、「たばこのための成人識別カード『taspo(タスポ)』のご案内」のパンフと申込書、会員規約、そして返信用封筒など、書類一式が出てきたのである。
申込書には、氏名、生年月日、電話番号、住所の記載欄があり、さらに顔写真の貼付が義務づけられている。
予期していたこととはいえ、これらの内容物に目を通して、正直、ゲンナリした。そしてこの連中(どの連中?)の異様なまでの情熱に恐怖すら感じた。
「taspo(タスポ)」導入の趣旨は、パンフによると次の通りである。


未成年者の喫煙防止対策の一環として、2008年より「taspo(タスポ)」対応の「成人識別たばこ自動販売機」が導入されます。
ご利用にあたっては、成人のみに発行されるICカード「taspo(タスポ)」が必要になります。
なお、この取り組みは、社団法人日本たばこ協会(TIOJ)、全国たばこ販売協同組合連合会(全協)、日本自動販売機工業会(JVMA)が主体となって行っています。


「未成年者の喫煙防止対策の一環として」とあるけれど、こういうもっともらしい名目には、まず眉に唾をつけてかかることだ。
誰にも反対しようのない未成年者の喫煙防止対策を目的にかかげているが、上の文面からも明らかなように、このシステムが対象としているのは成人である。
成人に、個人情報をあらかじめ登録させ、その認証がなされなければタバコが買えないシステムなのである。これまではいつでもどこでも「普通の人」としてタバコが買えたのが、成人であることを証明する顔写真入りのカードがないと、自販機ではタバコを買えなくなるのである。
カマトトぶるわけではないが、なんとも息苦しい社会が出現したものだ。
個人の嗜好の領域にまで監視と排除の手がのびているのだ。
それともたばこは、個人の恣意にゆだねられる嗜好品といっては済まされない、禁酒法の時代の酒のごときものと観念されているのだろうか。


もう一つ気色悪いのは、タスポ導入の主体をわざわさ名乗っている三つの業界団体だ。
とても「変」である。
これら団体の実態は分からないが、名称から推測するにたばこで飯を食っている業界団体のように見える。そうであれば、そのような団体が、自分で自分の首を絞めるとしか思えないシステム導入の主体に名を連ねているのは、奇っ怪この上もないことではないか。
勘ぐれば、それによってもっとも被害を被る業界が、率先してシステム導入に参加しているように見せれば説得的だという計算が働いているように見える。
何ものかから因果を含められたとしか考えられん。


たとえ建前でしかなくても事前の啓発活動も社会的な議論もなく、いきなり喫煙者登録制度のようなものを導入しているのである。
いまや禁煙の風潮は、表面的には天下の大勢のようなものだから、おおっぴらに、誰はばかることなく、喫煙者を追い詰めてもよいと決めてかかっているかのようだ。
ぼくは禁煙をはじめてやがて3カ年になる。いまだに禁断症状に苦しめられているが、今後とも継続する積もりでいる。
また、口に出して言ったことはないが、自分の経験から、喫煙者にたいしては、できればタバコをやめたほうがよいと思っている。
しかしながら、近年の禁煙の風潮や禁煙運動にはとうてい同調する気になれない。
禁煙運動側にも反禁煙運動側にも、それぞれ言い分なり根拠なりがあるのは分かる。だからというわけではないが、いまここで、その言い分や根拠の当否をあげつらう積もりはない。
ぼくが禁煙運動に同調する気になれないのは、その使命感、その清潔主義、その全体主義がおぞましいからである。
「正しいこと」の席捲は社会を分断する。
水清ければ魚住まず。


ところで、このシステムが全面的に導入されたとして、喫煙者がこんな面倒な手続きしてまでタスポを手にしようとするだろうか。いや、たんに面倒というだけでなく、ただでさえ個人情報に過敏な今の人が、個人情報を提供してまでカードを入手するだろうか。むしろ、たばこをスーパーやコンビニで買う人が増えるのではないか。
まかり間違って「向こう横丁の煙草屋」が復活したりして。
それは冗談としても、最悪の事態は、タスポ導入が失敗して、対面販売の店頭でも証明書の提示を求められるようになることだ。その可能性は大いにある、とぼくは思う。