「この雰囲気がたまらないんだよ」


 今ではだいぶ様相がちがっているいるだろうが、復帰前の沖縄の選挙は相当に過熱したものがあった。とくに郡部においてはそうで、部落はひとつにかたまり、選挙中はよそ者の侵入をゆるさないという空気であった。
 このような現象は、沖縄にかぎったことではなく、かつては日本全国どこでも見られたものだろうし、ある歴史段階の社会では、地域的、部族的、宗教的な要因から、現在でも生起していることにちがいない。

 これから述べるのは、40数年前に読んだ新聞記事の記憶にもとづくもので、細部はあやしいが、大筋は保存されていると思う。
 沖縄タイムスだったか琉球新報だったかの地元紙に、北部支局発の選挙をめぐる探訪記事が載っていた。選挙運動があまりにもヒートアップしていることに注目した支局の記者が、選挙戦の過熱ぶりを取材するために、北部一円を車を走らせたところ、行く先々で停車を命ぜられたという。部落の入り口や出口で酒などを飲みながらムラ人がたむろしていて、車が近づくと懐中電灯を照らして停車を命じ、どこへ行くのか、何をしているのかと誰何するのである。
 それがあまりにたびたびだったものだから、記者氏も我慢ならなくなったのであろう。ある部落入り口で停車させられたときに、「あなたがたがしているのは、選挙の自由妨害ではないか」と、きつい口調で抗議すると、ムラ人はすましたもので「そういうむずかしい話はわからないが、この雰囲気がたまらないんだよ」と、拍子抜けする答えが返ってきたという。記者氏はこのエピソードを民度の低さの例としてあげていたように思う。
                   (「WA」54号)