俳句

  寒卵

「いまどこ?」のメールに寒風の中と答ふ 割るるときまごうかたなし寒卵 帰宅より急(せ)くこと多し寒夕焼 鬱病とひとしき重さ寒卵 冬涛や沖の沖には沖ばかり 数珠つなぎの債務とむつむ日向ぼこ 人去りてうつつは夢の芒原

 秋夕焼け

こころとは秋夕焼の遺物かな 天高し街を行くもの脚二本 乙女座の男なりけり鰯雲 幻灯のような妻なり虫の夜 ただいまに誰も居ぬ家虫の夜 ビルを出て悔しければ天高し

冬隣

生国は押入れなりき秋夕焼 ちりぢりにばらばらに仮設の秋の昼 腸(わた)取りし秋刀魚定食バカッたれ 探しもの無月またいで帰り来ぬ わが道をゆくのみ鰯雲と観覧車 看取るのは我か汝か冬隣

鰯雲

世の中に猫はなぜいる鰯雲 鰯雲いましばらくの辛抱だ 手摺り掴み釣瓶落としの齢かな こもるとはたたかうことと冬銀河 そぞろ寒ひとりおろかに七十歳 軒遊びかつてそこには秋夕焼け

蟻を潰す

蟻を潰す己に視られている殺戮 片陰を歩くこの先段差あり 青信号まで炎天にいたぶられ ブラジルの裏側に住み日雷 昼寝覚ま暗がりのど真ん中

 遠雷

昼寝覚ゴジラの嚔に驚きて 遠雷の墓場は絶対北谷沖 蝉しぐれ薄墨色の現住所 明日は夏至明日は厭な日なりけり 夏のリーフその裏側の妣が国 片陰を敗残兵のごと歩む

 蟻の心

信号待つ長き炎天の都落ち 梅雨晴間平成にそろそろ飽きにけり 蝸牛地球の端を密と這う 夏の昼七十のわれはどのあたり 指先を逃げ惑う蟻の心想う